戦争について
「夜道は早歩きするタイプ」でおなじみの五十嵐君(24)です☆
我が社で昔に製本したであろう「シベリア抑留」
に関する手記を最近読みました。
僕のおじいちゃんはあまり戦争について語らなかったし、
僕も子どもながらに気を使って、あえて聞かないでいましたが
「ジジも昔は満州さ抑留さいででの~」
「ロシア人マダムの食って捨てたスイカの皮を食べたこともあった」とか
「マッカーサーに呼び出されてビビった」とか、
笑いながら自慢話のようにしてくれたこともありました。
抑留というものを初めて知りました。
飢餓、寒さ、重労働…
おじいちゃんが生きて帰ってくれたことで、今の自分がいることを
こんなに感謝したのは初めてかもしれません。
家の座敷におじいちゃんの遺影が飾ってあります。
部屋の反対側、おじいちゃんのちょうど正面に
「国からの感謝状」のようなものがあり、
抑留されたことへのねぎらいのような文が書かれています。
それと、「ここに銀杯を寄贈する」とも書かれています。
戦争に駆り出しといてそんだけかよ!日本!って感じです。
まさか賠償金貰えたわけでもないだろうし、戦争によるロシア復興の、要は借金の肩代わりに重労働をさせられたワケなのに…
おばあちゃんに
「あの~終戦の時…耐え難きを耐え、忍び難きを忍びってやづ、ラジオで聴いだ?」
って聞いたら
「ごにょごにょってなに言ってるがわがらねっけ(笑)」
って言ってました★
ラベル: 五十嵐


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